11 October 2021
Written by MST Translation

以前、オーストラリアの西海岸にある、パースという街に住んでいました。

パースはワーキングホリデーで訪れる人が多く、日本人にとってもなじみ深い街です。

今から10年程昔、当時はコロナなんて関係なく、仕事終わりの人たちが酒場でお酒を呑んで楽しんでいました。周りには個人経営の小さな酒場が多い中、私がよく通っていたのは、50~60人程入る、比較的大きなお店でした。駅の近くということもあり人が多く集まる場所だったので、多くの友人が出来ました。人種など関係なく、酒を呑み交わす、賑やかな雰囲気が私は好きでした。

日本では居酒屋に入ると「とりあえず生!」という風に、ビールを頼みますよね。海外でも同様なのですが、少し違う点があります。まずオーストラリアでは、「パイント」で頼みます。日本の中ジョッキが500mlに対し、パイントは570ml。当時のオーストラリアドル5~6ドル、日本円でいうと400円くらいです。(今は物価が上がり、もうちょっと高くなっているようです。)そして日本は後払いですが、基本、前払い制です。安心安全で飲みすぎない、とても良いシステムだと思います。

さて、これはパースで起こった、実際の話です。

当時働いていた会社の社長が、こんな話をしていました。

*** *** ***

その酒場では不定期に、卓球大会やビリヤード大会が開催されていました。

優勝すると、そのお店でしか使えない[100ドル券]が、報酬としてもらえます。

その晩も、卓球大会が開催されました。

10人程の酒気帯び選手が、トーナメント戦での健全バトルです。いつものように、中国人選手の優勝ムードの中、決勝まで残ったのは日本人選手でした。100ドル券は正に目前です。追加パイントを頼み、両者ともにいよいよ本気モードです。

「Ready?」

審判が声をかけます。

すると、そこで「Stop!」という声が審判を制止しました。

その声を発したのは、決勝まで勝ち残った日本人の彼でした。そして、こう続けました。

「なあ、100ドル券を奪い合うより、一緒に呑もうよ。50と50で分け合って、お互いハッピーにならないか?」

ひと時の沈黙の後、

「悪くないだろう」

そうして決勝戦は無くなりました。審判は選手たちと肩を組み、観客からは大歓声です。

緊迫した空気が、たった一言で、楽しい酒場に戻りました。

*** *** ***

当時その話を聞いた私は、

「そんなかっこいい日本人、いたんですね。僕も会ってみたかったなあ」

と思わずつぶやきました。すると、

「そうかあ?でも100ドル券なんて、そこにいたやつらに一杯ずつおごったら、あっという間に無くなったけどな。ちょっと後悔してるわ、ははっ」と笑顔で返ってきました。

嘘のような、本当の話です。社長とは、今もたまに飲みに行く仲です。

MST Translation 代表M

ドイツ、イギリス、オーストラリアで、約10年生活していました。現在は日本にて在宅ワークで翻訳業の傍ら、バリキャリ妻に代わって主夫業、子育てを兼業。海外生活時の体験談など、のらりくらりと書かせて頂ければと思います。海の向こうの世界に行くことが中々難しくなってしまいましたが、また皆が笑顔で行き来出来ることを願って。